第0章 飯田専 「飯田線乗りたい」「温泉行きたい」 「田本行きたい」 3月4日に連絡掲示板に書かれた文言。田本行くとか鉄道ファンより鉄道ファンじゃんとか思って見ていた。そんな俺も浜名湖一周や その翌日のカラオケが安く済んだから、と同行することになる。 今回は発案から計画までほぼ全て、シンカクのユカ 最高顧問こと平和にお任せ。出来上がった行程表は至って単純明快、書いて あるのは駅名と時刻だけ!俺が作るとすごい情報過多になるので差が激しい。行程自体も単純に始発で出て終電で戻るのみ。 これは終わってからどんな感想抱くかも予想できない旅になるな・・・ その前日の夜、カメラの液晶が故障していることに気づいた。 ▲南アルプスを望む。 第0章 終 |
第1章 悲境駅 (豊橋~田本~鶯巣) 朝6:00の列車にも、乗客はいる。 特に目立つのが学生。しかし長距離通学をすることがある大学生はこの時期はほぼ休み。となれば中学・高校生に限られるので、 この早さは朝練だろうね。俺の高校では朝早く来る人は大半が追試という 飯田線は意外にも高2のとき以来。丁度そのときに213系と313系3000番代の運用が始まった。今はもう119系が引退し、ちょっと 雰囲気には欠ける路線になってしまったな。長時間の乗車を考えると119系は少し辛いので、どっちがいいとか一概には言えない。 それに通勤通学で利用する人達の利便性が第一なので・・・ 東上より先はまだ一度しか乗ったことのない区間。車窓はなんとなく名鉄名古屋本線岡崎南部に似ていたり、あるいは中央西線に 似ていたりとあまり新鮮な感じはしてこない。本長篠を出たあたりで乗客は俺たち二人になった。貸切電車。 ▲貸切になったので、車内を撮影してみた。 313系3000番代の車内、今更何かの資料になるものでもないけれど。窓がかなり大きいので、立って外を見た方が眺めはいいかも。 何にせよ気を遣う乗客もいないので、座ってじっとしていることもなく、歩き回ってみたり、ロングシート部に移動したりしていた。 たまに混んでる車内で歩き回る鉄道ファンいるけど、それ知能がアレな人とやってること同じだからやめようね。 中部天竜に到着。ここまでが1度乗ったことのある区間。以前乗ったときはかなり長く感じたのに今回はそうでもない。歳を取ったから? ▲列車交換の合間に撮影。 中部天竜駅は佐久間レールパークがなくなったことで雰囲気が変わった。あと7~8年前と自動販売機の向きが違うね。どうでもいい。 ここから先も貸切列車は継続。後面展望で「渡らずの橋」こと第六水窪川橋梁も見た。もちろん前で見た方が分かりやすくてシュール なんだけど、後面でも一気に曲がって元の岸に帰ってくる様子はよく分かる。 水窪駅では快速と交換。飯田線に快速があることを知っている豊橋市民はどれくらいいるんだろう。立派に快速の青い幕を表示して 走っているわけで・・・で、利用率どれくらいなの? 車掌「どこまで乗りますか?」 俺らしか乗客が居ないので聞いておいた方が好都合だろうね。 俺達「田本までです」 車掌「・・・」(苦笑) そのときの車掌は、最初に平和の書き込みを見たときの俺の表情と大体同じだったと思う← そして列車はついに 確かに民家などが全くなく、人気も全くない僻地に駅が存在しているのだけど、注視しないと気づかないくらい。他の駅も大概なので。 なので「秘境駅」というものは意識的に区別した概念なのかもしれない。なんだ、秘境駅も恐るるに足らず、という楽観を期待通りに(?) 打ちのめしてくれたのは田本駅だった。期待してることがおかしいなこれ。旅行に何を求めるのか考え直した方がいいんじゃないの!? ▲素晴らしい立地 コンクリートの壁と列車の間、普通はこんな領域に駅なんてありえない。実際に見てみると合理的な場所にホームがあるような錯覚に 陥るけれど(?)、こんなところに駅があっても集落へ出るのに苦労するだけなんだよな。 ということで自分達の足で車道へ出ようとすると、行く手を阻むきつい坂と山道。去年、鳥羽の日和山へ登ったときを思い出させるような 先制打。落下防止のためのフェンスの向こうに、落ちていた松ぼっくりを投げても音がしない(_ _|||) 足を滑らせたら身の危険があるのは 火を見るより明らかな状況で、しかもこの季節は落ち葉で足を滑らせそう。普通に怖い そんな道を15分近く登っても車道が現れない上、草が覆いかぶさりすぎて高身長の平和には厳しい場所もあった。。俺は161だから余裕TT 結局車道に辿りつくことなく山登り断念。 帰りの下りはかなり足に負担がかかり、疲労で先が思いやられる状態になってしまった。待合室で休憩していると平和が駅ノートを発見。 何冊にも渡って旅行者の記述が残っている。どうやら3日前にもここを訪れた人がいたみたい。 よくありがちな地元民の落書きが一切なく、究極の駅ノートが出来てた。そりゃ駅の付近に家無いんだから落書きもねーわな。少し前の ページにイラストが描いてあったので、対抗して下手な絵を描いておいた。折角名前を伏せたのに、その下にハンドル付きで平和が 書き込んだので俺が隠す意味はなかった。 待合室で10分ほど待つと、中部天竜行きの列車が到着。約50分ずっと駅にいたのに観光より疲れる結果となった。 ▲駅の上に山が続くため(無駄に)見晴らしはいい 中部天竜行きで鶯巣駅へ向かう。車両は213系。この車両は元からデザインが好みじゃなくて馴染めない。でも転換クロスシート装備は 飯田線の長距離移動客にとってはありがたい。2扉・転換クロスだとちょっとした優等列車みたいだね。 そして鶯巣駅で下車。駅から歩いて5分ほどの鶯巣梅園へ向かうが、この日は雪が残っているくらいなので ▲仕方ない ちょっとしか咲いていなかった。 それより川辺でやっていた工事と謎のTV取材の方が気になる。この後も当てもなく道を進んでいったがそっちは特に何もなし。。。 鶯巣駅へ戻る。このとき置いてある塩化カルシウムが融雪剤だということに今更気付いた。普段の生活で雪と接することがないからね。 凝固点降下ってのも懐かしい言葉。置いてあった塩化カルシウムがセントラル硝子社製なのは、ソーダガラスの原料の炭酸ナトリウムを 生成するときのの副成物だからかな?ソルベー法とかこれまた懐かしい。化学もうやらないんだから忘れていいのに( しばらくして天竜峡行きの列車が到着。これで山間部の駅はひとまず終わり。 第1章 終 |
第3章 秀電車 (田切~豊橋) 元善光寺駅で降り、元善光寺に行くより先に夕食の確保。駅から程近いところにローソンがあるのでおにぎりとからあげクンを購入。 結局時間もそんなに余らなかったので元善光寺には行かずに駅で待機。未だに一般に言う観光を一度たりともしていないのに日が 暮れ始めてる; 別に知らない土地を歩いていればそれだけで興味深いからいいよ。 次に乗る列車は再び213系。この時点でもう薄暗いとはいえまだまだ豊橋には帰らず、平岡で龍泉閣の温泉に立ち寄っていく。すると 平岡を出る列車は豊橋行きの最終になる。逃したら・・・ で、例のように学生が多い。みんな温田や平岡まで乗るためまた秘境駅×混雑列車が見られた。同じ時間帯に乗った大糸線北部は 乗降が一切無かったので飯田線の方が断然活気あるわ。 乗客が減ったところで一つ気づく。 なんで俺と平和は同じ向きで座ってんの?普段の旅行で転換クロス車に乗るときは2人だろうが3人だろうが必ず向かい合わせにして 座ってたのに、なぜか今日はずっと違う位置を取ってた。213系を名鉄5700系か何かと勘違いしているな。 平岡で降りると辺りは真っ暗。特急停車駅でも周囲に明かりはあまりないのが飯田線。中央西線とは普通列車の本数こそ大差なくても、 特急とそれを取り巻く環境は差を感じる。中央西線のしなのの輸送力はさすが本線ってところ。 で、龍泉閣は駅に併設されている。案内がちょっと分かりにくい。入湯料300円は破格。肝心の温泉は人が少なすぎて貸切状態 平日だからなかなか宿泊客もいないだろうし、まして日帰り客もいないよな。お湯の温度42度って結構高いんじゃないの。「タンパク質が 変性するわ」 とか言ったけど変性って50度近くで起こるそうだ。デタラメ言ってんなこの理系学生。 風呂を出て駅へ戻ると、急激に温度が下がったからなのかくしゃみを連発。春休み中に全然外へ出ていないので花粉症の悪化を 免れてきたものの、今日はマスク無しで歩き回ったので翌日以降一気に重篤化しそう。 豊橋行き最終列車が到着。1人乗客いるなーと思ったらここ平岡で入れ替わりに降りてしまった。また貸切なのか(困惑) 車両は213系 なのでとってもゆったり乗っていられた。平日のローカル線の旅行だとこんなんなんだね。俺らいなかったらこの列車は空気輸送じゃん。 ・・・この列車、どこまで貸切状態のまま進むんだろう。ということを予想する流れになり、俺はは東栄、平和は湯谷温泉と予想。内心 「本長篠で乗ってくるのが普通だよな」と思っていたけれど、あえて東栄にしてみた。 そんな列車は水窪でも、中部天竜でも一切の乗客を拾わない。そして東栄も・・・0人。予想外れ。ここまで既に17駅連続乗降無し&貸切。 東栄から5駅、湯谷温泉では・・・ついに1人の乗客が出現! 平和は勘も凄いね。 が、それでは終わらず、その客がなんと本長篠で降りてしまった。他には誰もいない。俺の予想に対してどこまでも逆を行くのな; その後は東新町まで貸切が続く。距離にしたら半分以上は貸切だったのかな?マサオくんが居たら歌い出しそうな車内だった。 そのまま定刻通りに豊橋へ到着。お疲れ様でした。・・・田切以降、写真を1枚も撮ってなかったので何も貼れなかった(反省) さて、カメラの液晶おかしくなってるどうしよう(今更) 完 |